言葉を超えた絆


鈴木さんが私たちの施設に来られたのは、昨年の春のことだった。脳梗塞の後遺症で言葉を失い、表情も乏しくなっていた彼女に、職員たちは当初戸惑いを隠せなかった。

スポンサーリンク

執筆者

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: ai_avatar_1707303973589.jpg

氏名:堀池和将

保有資格:介護福祉士

職務:訪問介護管理者

プロフィール:専門分野における豊富な知識と経験を持ち、数多くの新規施設立ち上げにも携わり施設長も歴任してきた。現在は地域密着介護に貢献するため、訪問介護部門の管理者として従事している。

特に中堅の田中さんは、鈴木さんとのコミュニケーションに苦心していた。「どうすれば鈴木さんの気持ちを理解できるでしょうか」と、彼女が相談に来たときのことを今でも鮮明に覚えている。私は田中さんに「言葉以外の方法で心を通わせることはたくさんあるよ」と伝え、非言語コミュニケーションの重要性について話し合った。
それから田中さんは、毎日鈴木さんの表情や仕草を丁寧に観察し、少しずつ心を通わせていった。朝のケアの際には、優しく手を握って「おはようございます」と挨拶し、鈴木さんの目を見つめながら今日の予定を話すようになった。食事の時間には、鈴木さんの好みを考慮しながら、ゆっくりとスプーンを運ぶ。入浴介助では、湯加減を確認する際、鈴木さんの表情の変化を細やかに読み取っていた。そんな田中さんの姿を見て、他の職員たちも鈴木さんとの関わり方を少しずつ変えていった。


ある日、レクリエーションの時間に、田中さんが鈴木さんの若い頃の思い出話を聞いていたことを思い出し、鈴木さんが好きだった童謡を口ずさみ始めた。すると突然、鈴木さんの目から涙がこぼれ落ちた。驚いた田中さんがそっと手を握ると、鈴木さんもしっかりと握り返してくれたのだ。その瞬間、言葉がなくても確かに心が通じ合っていることを、部屋にいた全員が感じた。後日、田中さんは目を輝かせながら「言葉以上に大切なものがあると気づきました。鈴木さんとの関わりが、私の介護観を変えてくれました」と報告してくれた。


この経験は、施設全体のケアの質を高める大きなきっかけとなった。言葉によるコミュニケーションが難しい利用者さんとの関わり方について、職員間で積極的に意見交換をするようになり、それぞれの気づきや工夫を共有し合うようになった。また、家族の方々にも非言語コミュニケーションの重要性を伝え、面会時の関わり方についてアドバイスをするようになった。鈴木さんと田中さんの関係性を通じて、私たちは改めて「寄り添うこと」の本質を学んだのだと思う。言葉を失っても、その人らしさや尊厳は決して失われないこと、そして心と心を通わせる方法は無限にあることを、鈴木さんは私たちに教えてくれた。これからも、一人一人の利用者さんの心に寄り添い、言葉を超えた深い絆を築いていける介護を目指していきたい。

記事を探す

記事を探す

CLOSE

すべての記事

#タグから探す人気のタグ

カテゴリで探すカテゴリから探す

すべての記事

#タグから探すすべてのタグ

もっと表示 ▾

カテゴリから探すカテゴリから探す

人気の記事人気の記事

介護を学ぶ