介護施設の日常 寒さが和らいだ日の散歩

#60年後のプロポーズ#介護施設の日常#心温まるエピソード#施設長の目線#老人と春

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60年後のプロポーズ

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冬の終わり、春の始まり

2月下旬の午後。介護施設の庭園を、白い息を吐きながら歩く。私、は施設長として、今日も入居者の散歩を手伝っている。防寒用のマフラーを巻き直しながら、背後で揃う入居者の足音を確認する。

「今日はいい天気ですよ、みなさん」
声をかけると、杖をついた田中さん(82)が頷きながら「春が近いな」と呟く。

確かに、空気の冷たさが少し緩やかになった。

北風が吹く中、庭園の雪が徐々に溶け始めている。

樱花樹の枝に残る雪が、夕陽に照らされて透明な結晶のように輝く。

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日常のリズム

散歩ルートは決まっている。

正門前の樱花樹→管理棟裏のベンチ→食堂前の広場→と、時計回りに回る。

途中で「ここで休憩しましょう」と提案すると、入居者たちの反応が分かれる。

「私、まだ歩けますよ」
「腰が痛いわ」
「トイレ行きたい」


声が飛び交う中、施設スタッフの小野さんが駆け寄ってくる。

「施設長、A棟の山本さんが倒れました」と緊急連絡が入る。

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緊急対応

すぐに救急車を呼び、入居者を安静に。

心臓の不整脈と判明し、病院へ搬送。残された入居者たちを落ち着かせる作業が続く。

「大丈夫ですよ、医者がすぐ来ます」
「私も心臓が弱いんだよね」
「今日は散歩を中止しましょうか?」


混乱の中、田中さんが突然立ち上がる。

「私、山本さんを待ちます」と言い、ベンチに座り込む。

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過去との対話

その夜、夜勤の看護師から「山本さんは回復傾向」との報告。

翌朝、田中さんが食堂で私に近づく。

「施設長、今日は山本さんと一緒に散歩しましょう」と提案する。

「山本さんはまだ入院中ですよ」
「でも、今日は特別です」
田中さんの目が輝く。

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春の予感

翌日、山本さんが退院して戻ってきた。

田中さんが自ら手を差し伸べ、山本さんを庭園まで導く。

二人は並んで歩き、樱花樹の下で立ち止まる。

「ここで、君と初めて会ったんだ」
「私も覚えてるよ」
田中さんが山本さんに微笑む。

「60年前のこの日、君がこの樱花樹の下で私にプロポーズしたんだ」
「でも私、返事できなかった」
山本さんが震える手で田中さんの手を握る。

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永遠の春

「でも今なら、返事できる」
「私も」
二人が並んで樱花樹を見上げる。

空に浮かぶ雲が、雪解けの水で濡れた庭石を映し出す。

「春が来ましたね」
「永遠の春が」
私が見守る中、二人の手を離さない。

この日から、田中さんと山本さんは毎日同じ場所で手を繋ぎ、過去の話を続けるようになった。

施設のスタッフが「二人の散歩ルートを特別に設定した」と話す。

春の風が吹くたび、樱花樹の下で二人の笑い声が響くようになった。

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