介護施設の日常 春の甲子園

こんにちは。介護施設の日常を描くコラムは楽しんで頂けるでしょうか。
今日は、数年前の春の甲子園のシーズンの思い出を描かせていただきます。
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「野球は人生の縮図だ」
毎朝3階の部屋で、白髪の老人が新聞を広げている。
介護施設の施設長として働きだしてから、毎日この光景を見ている。
彼は元高校野球部の監督だ。
「今日も甲子園の記事ですか?」
声をかけると、80代の老人・田中さんは目を輝かせた。
「あぁ、春の風物詩だね。あの甲子園の土は、汗と涙で染まっているんだよ」
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「負け犬たちの甲子園」
田中さんは、四十年前に地元の高校で指導したエピソードを語り始めた。
「最後の夏、エースが骨折で離脱。代わりに投げたのは、控えの左腕だった。試合中、審判がストライクと判定したのに、ボールと言い張る生徒がいた。『監督、こんな判定でどうするんですか!』と泣きながら来たんだ」
彼の目が遠くを見つめる。
「『今の判定でどうするか、君が決めるんだ』と言ったら、生徒は一瞬黙った。次の球でバットを振った。ファウルでしたが、そこからチームが奮起した。甲子園出場は逃したが、本当の勝利はそこにあったんだ」
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「今も変わらぬ熱意」
施設の食堂で、田中さんが新聞を広げている姿を見かけるたび、甲子園の話題になる。
そんなある日、施設のロビーに若い男が現れた。
田中さんの教え子で、現在は野球部のコーチをしている。
二人は四十年ぶりの再会で、甲子園の思い出を語り合う。
「(当時)エースが投げられなくなった時、君が代わりにマウンドに立ったな」と田中さんが目を潤ませた。
「はい。あの時、監督が『君の球がチームを救う』と信じてくれたから、投げられたんです」
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「人生のマウンド」
また別のある、田中さんが朝食を食べ終わると、突然立ち上がった。
「今日は特別な日だ」
新聞の折り込みを広げた。甲子園の決勝戦が予定されている。
「監督、今日は一緒に観ますか?」
その声に、施設の職員たちが集まってきた。
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「負け犬たちの甲子園」
試合が始まると、田中さんは熱心に解説を始めた。
「この投手のフォーム、昔の生徒に似ているな」
「この打者の構え、間違いなく……」
試合が終わると、田中さんは満足げに頷いた。
「甲子園は変わらない。でも、人生のマウンドはまだまだ続いているんだ」
窓外では、春の風が桜の花びらを舞わせていた。

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